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一五一会の音色に乗せて

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一五一会の音色に乗せて
ブログ紹介
沖縄で出会った一五一会、三線とギターのチャンプルで、開放弦が和音となる、その意味では画期的な楽器だ。指一本で押えれば、音階にあわせて違う和音がそこに生まれる。
私は60の手習いでこの一五一会を始めた。初めての楽器だが、続きそうな気がする。いずれは旅のお供にして、たとえばワイキキで、竹富島で、アルハンブラで、奏でたい、とそれが将来の夢。さあ、一五一会の音色に乗せて、旅の日記をつづろう。気軽に、楽しく

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タイトル 日 時
1654、バルト旅枕(4)
タリン、エストニアの首都は中世を色濃く残す町並みが素晴らしかった。懐かしく、カメラに残る映像に見入る。あと5時間余りで福岡か、と日本時間に合わせた時計を眺める。日本時間3時05分。 ...続きを見る

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2018/09/20 09:05
1653、バルト旅枕(3)
福岡へのフライトが続いている。雲が多く陸地も見えない。家内は映画を見ていたようだが、いつの間にか寝てしまった。私はまだワインのグラスを手に、カメラを覗き込む。 ...続きを見る

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2018/09/18 09:10
1652、バルト旅枕(2)
バルトからの帰還の機内にある。機内にあり、転寝の時間である。 ヴィリニュスからカウナスに行った。例の領事館が目当てだと、その写真を探す。 ...続きを見る

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2018/09/17 09:45
1651、バルト旅枕(1)
福岡に向かう機内ではワインを楽しむ。 赤はフランスを頼む。食前、食中、食後と三杯、そしてまどろむ。 ...続きを見る

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2018/09/16 10:33
1650、バルト出国記
タリンからヘルシンキへ向かう。また、あのプロペラ機が我々を運ぶことになる。一時間足らずのフライトである。但し、出発を前にして一つ大問題が発覚していた。日本への足が未だ成田から飛び立たず、折り返す成田便がない、というのだ。 ...続きを見る

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2018/09/15 07:32
1649、絵画、死のダンスなど
聖ニコラス教会、中世から伝わる国宝級の芸術品が納められている。 珠玉はベルント・ノトケの「死のダンス」だ。 ...続きを見る

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2018/09/14 09:20
1648、聖ニコラス教会
午後の出立であり、午前の開いた時間に街に出た。行き先は聖ニコラス教会だ。 1944年のソ連の空襲で内装は消失したという教会は有名な絵画が展示されている。 ...続きを見る

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2018/09/13 08:43
1647、朝日のタリン
ホテルテレグラフ、その裏窓からの景色である。 朝日が出て、夜明けの景色が素晴らしいと聞き、カメラを向ける。 ...続きを見る

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2018/09/12 10:34
1646日、タリン晩餐
ホテルテレグラフにはチャイコフスキーという名のレストランがあった。 そのチャイコフスキーが今回の旅の最後の晩餐だった。 ...続きを見る

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2018/09/11 09:55
1645、職人の中庭、お茶と
タリン街歩きの途次、立ち寄った中庭があった。 職人の中庭、木陰で一休みして、のどを潤したいと寄ったカフェで、ホテルからもすぐの場所だった。 ...続きを見る

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2018/09/09 15:04
1644、スリー・シスターズ
三人姉妹、現在ホテルを営業している。 かつて天皇ご夫妻がこの国をご訪問されたとき、ご宿泊されたホテルだという。 ...続きを見る

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2018/09/08 13:12
1643、タリン・ブルートレイン
街中を走るおもちゃの列車である。観光地で良く見かける列車である。 乗ることになった。だからと言って、さほど気にもかけていなかった。 ...続きを見る

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2018/09/07 16:16
1642、タリン展望台
タリン旧市街の高みに登る。街を眼下に見る。しみじみ尖塔が多い街を眺める。 3キロ足らずの城壁で囲まれた旧市街は小さな街だ。そして意外に近く海が広がっている。 ...続きを見る

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2018/09/06 08:19
1641、アレクサンドル・ネフスキー聖堂
1901年支配者であった帝政ロシアによって建てられたロシア正教会だ。 タリンの街並みとの調和を考えれば、あまりに異端な感じに見える教会ではある。 ...続きを見る

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2018/09/04 09:08
1640、ラエコヤ広場
ヴェネ通りから我々のホテルの脇の坂道を登ると旧市庁舎のある広場に出る。 そこがラエコヤ広場だ。ゴシック様式の市庁舎がはるかに見えている。 ...続きを見る

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2018/09/03 08:37
1639、ヴィル門
ホテルのあるヴェネ通りはだらだら坂で、やがてヴィル通りと接している。このヴィル通りが下町のメインの通りで港につながっている。港に行く道は城壁を出てだらだらとした下り道で、出口には門がある。ヴィル門だ。 ...続きを見る

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2018/09/02 09:32
1638、カタリーナの小径
テレグラフホテルの斜前にドミニコ修道院があり、その横を細い道が通りぬけている。道の脇に修道院の居住区と中庭のような広場があり、その先に小さな土産物や雑貨を扱うような店が並んでいる。カタリーナの小径という。 ...続きを見る

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2018/09/01 11:24
1637、タリンという街
バルト三国も三か国目のエストニアに来た。 エストニアの首都タリンである。 ...続きを見る

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2018/08/31 21:08
1636、タリン、テレグラフホテル
旧市街にあるホテルで、城門近くでバスを降り徒歩で向かう。不揃いな石畳の歩き難い道だった。 ヴェネ通りという細い通りに面したホテルで旧市街の只中のようだった。 ...続きを見る

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2018/08/29 08:51
1635、パルヌ、アメンデビラ
パルヌで昼食のために寄ったビラがこのアメンデビラである。 帝政ロシア時代の貴族の別荘だった建物がホテルにリニュウアルしているという。 ...続きを見る

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2018/08/28 09:35

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